昆虫体位

峯 妙介




 男の背中で爪を研ぐことがある。これはつまらない。
 無糖のコーヒーをブラックというのなら、ノンシュガーの紅茶はTIOであってはいけない。ブラウンと言うべき。
 そう言うとあのバカは40分も並んで待ったアフタヌーンティーで、
「マフィンとブラウンのセット」
なんてオーダー。もういや。
 窓に大きな蚊がへばりついている。これは蚊ではなく、ががんぼって言うんだよ、刺さないから害虫じゃないんだ。むやみに殺しちゃダメだよ。って教えてくれたのはあの方。もう一度会いたいけどそれを望んだのはあたし。
 ががんぼの足を数えてみる。1、2、3……6本。よく見ると機械的でキレイ。これが白ければ雪の結晶みたい。
 私はががんぼを見てる。でもニュースステーションも見てる。
 用もないのに体温計で熱をはかる。
 昔、トイレで体温計を壊したときのことを思いだす。飛びだした水銀は宇宙的だった。宇宙的空間にいるような気がした。でもそれも一瞬。あのときすぐにママが来て、触っちゃいけませんっ!と言わなかったら私は科学者になっていたかも知れないのに。ママは私の人生をだいなしにしたのよ。でも一瞬は永遠。

 バラ子はそんなくだらないことを朝から晩までしゃべりまくり、カスヲはどうしているかというともうなれっこになっているのでチータラとモロキュウをつまみにヤンマガを読みながら「フンフン」と言って聞いているのである。
 たまに「ヘエ」とか「ほほう」とか「あーそう」とか「そうかあ」とか「なるほど」とか「なるへそ」とか「パードン?」と外人になって聞き返したりすることも忘れない。
 そんな二人にも恋愛感情はある。のかないのか知らないが、たまには性行動。なぜならエロ特集だから。

 時は春。自然界では子孫を残すために、昆虫たちが交尾に励む。
「やっぱり、こいつらは気持ちいいのかな」
てなことを思いながら虫眼鏡で研究。結論はいまだにでない。そんな日に限って、カスヲはかすかに発情するのであった。

 正座。
「お手合わせねがいます」
「お手柔らかに」
 深々と礼。
「では本日は『蟷螂』で行ってみましょう」
「カマキリですかあ、カマキリ……どんな体位でしょうか」
「おまかせ下さい」

「こうしてこうしてこうやります」
「こうしてこうしてこうですか」
「違います。こうしてこうです」
「こう?ですか?」
「はいそうです」

「その腕はここに」
「ここ……で……すか……」
「はい」
「あ、あの……痛いんですけど」
「我慢してください」
「いたたたた」
「声を出さないで下さい」
「……痛」
「そっちはここへもってきてはさみ込むように」
「ええーこっちもですか」
「はい。こっちもです。ガクンガクンとこんなふうに」
「よいしょ」
「では突入します。お静かに」

U…………………………………………っ!………………
「交尾のあと、カマキリのメスはオスを食べるんじゃなかったでしたっけ?」
「はいそうです。子孫を残すために。卵への栄養剤として」
「ユンケルみたいなやつですね」
「いいえ、リゲインみたいなやつです」
「……食べてもいいですか」
「駄目です」
「どうしてっ!」
「コンドームを使いましたから、子孫を残す可能性はありません」

 そしてまた即座に例のくだらない会話を一方的に喋りまくりながら、あのミンミンと鳴き続けた先週のセミ交尾よりかはマシだったわよね、とそう思わなくてはやってらんないバラ子であった。







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