ちょっとこれが男だ4

花沖 龍太郎




 今朝もまた、いつものように目の前に木村拓也が現れた。
 と思ったら鏡の前の己の姿であった。

「本当にいい女は、男もそうだけどね、ナンパなんてされないものなのよ、そこらへんに歩いてるのはみんなザコばっかりなんだから、結局ザコにしか声をかけられないわけ。私は待つわ。本物をね」
 この言葉を聞いたとき、俺は二十四年間の謎が一気に溶けた。ジョナサンで二十四時間も由紀子を待っていたときだった。
 そうだ、あの時は店員に追い出されたんだった。
 コーヒーを三十二杯飲んで、「新記録です、タダにしてください」と申請したのに聞いてくれなかった。チキショーいい加減にしてくれたまえ俺がいい男だからってひがむのは。
 思いだした。あの女はとてもいい女とは言えなかったが、おっぱいが見えそうなピンクの服を着ていた。あれは……なんと言ったか……クレゾール!いや……違う……キャモミールッ!カミソーリ……まあいい、そんなことは。とにかくあの服が、いや、実際に言えばあの服の中味が気になって俺は角度を変えてみたり、何回もコーヒーカップの取っ手の間から覗いてみたり、スプーンで左目を隠して視力検査をしてるフリしたり……ああ、そうだ、客が入るたびに立ち上がって
「おお〜い、ここだよ〜!オレオレッ!……あ、人違いか」
などと何回か手を振ってみたりしたが、結局見えなかった。どうなってるんだ、最近の女は。
 いや、いいんだ。おっぱいなど見せてくれなくてもいい。あのクレゾール女には感謝してる。そうじゃないかとは常々思っていたが世界的ナイスガイには女達は恐れをなして自ら手を引くと言うことに気付かせてくれたのだから。おそらく……いや、間違いないだろう、あの女は俺のために、間接的にあの言葉を吐いたのだ。 「ありがとう、感激だ。お礼をしたいから君の電話番号を教えてくれないかな?」
「やっだーなにこの人〜!」
そう言って女はおっぱいも見せずに帰ってしまった。いやいやわかるわかる。こんないい男に声をかけられたのは初めてだったんだろう。何事も初めての経験はどぎまぎしてしまうものだ。いいじゃないか、かわいらしくって。
 ん?初めての経験かあ……懐かしいなあ。女泣かせのこんな俺にだって、信じられないだろうがウブな時代があったんだからな。

 ああ、あの日は確か、集中豪雨で俺の実家が床下浸水になった日だった。
「だ……大丈夫なの?お母さまお一人なんでしょ?行ってあげたほうがいいわ」
「いやいいんだ。俺のウチは神田川のすぐ近くでね、慣れてるんだよ。ふくらましたゴムボート常備してるからなんかあったらそれで脱出すればいいんだ。ゴムボートがダメだったらコンドームでもいいじゃないか。俺は知ってるんだ。オヤジとお袋が使い捨てたコンドームを死んだばあちゃんがよくゴミ箱から拾ってきてね、洗って俺にくれるんだ。『龍ちゃん、この風船は丈夫でいいよ』ってね。ばあちゃんはドケチだからね、そんなことは朝飯前なのさ。俺もガキだったなあ、空気をいれて遊んだもんだよ。それをこうして使える日が来ようとは、俺も大人になったもんだよ‥‥‥あっいや、なんってうか、だから大丈夫って言うか、コンドームはホラ、便利というか、いや、恥ずかしがることはないんだよ、うきわの変わりにね、人命救助にもね、役に立つ道具だってことサ」
「‥‥‥」
俺の博学ぶりに度肝を抜いたのだろう、女は黙り込んでしまった。
やばい‥‥‥俺は焦った。このままではいかん。俺の彼女にはふさわしくないと女に帰られでもしたら、押入に隠してあるコンドームの山はいったいどうなるんだ!「フフ‥‥‥全く彼女がスキモノでね‥‥‥」と毎日毎日毎日毎日薬局に通った俺の努力はどうなるんだっ!んー仕方ない!俺は博学ではあるがジョークも言える柔軟な男を演出するためにこう叫んでみた。
「近藤っー!迎えに行くよぉっ〜!」
バカにはわからないだろうが「コンドーム買いに行くよ」のダジャレである。女は俺のシャウトを聞いて一瞬身体をビクッとさせたがしかしクスッともしないのだ。
俺の焦りは極限に達したが、すぐに女の本意を理解した。
最近の女は積極的だとセブンティーンにも書いてあったが、自らムードづくりをしてくれるとは‥‥‥。いやはや俺も罪づくりだな‥‥‥。よしっそこまでするなら俺も男だ。 この日のために鏡の前で何度も練習した表情で女を凝視した。参考資料は『箱根八里の半次郎』のポスター氷川きよしだ。
「いいかい?」
「……」
女は返事の変わりに頬を赤らめ、唇を突きだす。それはタコのようだった。そしてタコは瞳を閉じた。ああ〜よかった。正直に言おう。女はブスだった。
しかしいいのである。はじめてやる女はブスがいいとどこかで聞いた覚えがある。
俺はその唇に自分のそれを重ねた。
ああ……
「キャッアー!」
「なっなっなになになに?なんだよいきなり」
「ひどいわひどいっそんな……」
「ひどいってなんだよ、君だってそのつもりじゃ……」
「私、そんなつもりじゃないわよ。ただキスを……」
女の顔はさらにゆでダコのようになっていった。
俺は仕方なく、自慢のちんちんをしまってジッパーを閉めた。

まだまだつづく





Back To Home Page Back To 0-ten List
Copyright 2002-20XX MAGAZINE 0-TEN All Rights Reserved.