ちょっと待てこれが男だ 花沖 龍太郎 今日は朝早く起きてしまった。 窓の外を見ると、熊野さんちの電気がついている。 「六時二十分か……」 おれより早く起きていることに腹を立て、また眠りにつこうとしたが良く考えてみれば熊野さんは 「よく徹夜する」 と言っていた。もしかしたらまだ寝てないのかもしれないなあ、そうだ。そうに違いない、と思いなおして機嫌良く目覚めることに成功した。 トイレの水を流す音が聞こえる。誰だ!隣のじいさんか。いや、上の階だ。あのべっぴんの姉ちゃんが用を足したのか、はは〜ん。今日はいい一日になりそうだ。 あまりにも気分がいいので冷たい水で顔を洗うことにした。 顔を洗うなんて何年ぶりだろう……。しかも冷水だ。半端じゃない。 わざわざ洗面器に水を溜めてみた。 そういえば由美が 「毛穴を引き締めるの」 とか何とか言って、氷を入れた水で顔を洗っていたのを思い出した。この際だから氷も入れてみよう。と思ったが、やめておいた。 なぜならおれは男だからだ。男は毛穴など引き締めなくてもよい。冷たいからではない。断じてない。 おれは勇敢にもじゃぶじゃぶと顔を洗った。わざと口で音も立ててみた。この姿を由美に見せていたら、きっと振られることなどなかっただろうと思ったが、おれは前向きな人間だ。そんなことはどうでもいい。しっかし勇気が沸いてきた。 ベランダにでて外を見ると3〜4羽のカラスがごみ袋をあさっていた。意地汚いカラスめ。普段なら石のひとつや二つ投げてやるところだが今日のおれはいつものおれとは違う。男の中の男だ。 そこで、カラスなんか気にも止めずに、男の中の男はこのような場合何をするのかちょっと考えてみた。 早朝…… ベランダ…… 男…… 思い浮かばない。 あ、そうだ、冷水のあとはこれだ。寒風摩擦だ。しかしそれには若干の勇気と準備が必要だ。もっと、簡単で男らしくて冷たくないものってないかな。 ラジオ体操……いやジジくさい。 その時、おれを導くように朝日の一部が顔を出した。 これだ!太陽エネルギーだ!おれは野性的直感でひらめいた。朝日に向かって叫ぶ。これしかない。 「あさひそーらじゃけん!」 ……と思うだろ。ブーはずれ。 そんなくだらないこと思ったバカは即刻去れ!もう読むな!しっしっ! バカにすんなよ。俺は動物的勘の鋭い男だ。 「おーとーこーだぜーーーーーーっ !」思うがままを口にしてみた。意識してなかったのに、自然ともっとも男らしい言葉が身についている。ちょっと怖いほどだ。 すると、朝だと言うのにポルターガイスト現象が現れた。 壁や床からどんどんと霊達の心の叫びが聞こえるのだ。おれはもう慣れっこになっているが、はじめは驚いた。 むろん怖くはない。 何しろ少し大声で叫んだり、部屋の中で反復横飛びをしたりして身体を鍛え始めると、まるで返事をするかのようにポルターガイスト現象が現れる。中には 「うるさーい!」 などと訳のわからないことを口走る霊もいるほどなのだ。 霊界マガジンを読んで知ったのだが、霊達は以外と寂しがりやだそうだ。 そして、霊感が強い人間は、やはり人からも人気があるらしい。まあ、当たってるのでこれも運命だと諦めてはいる。 しまった!牛乳がない!これがないと一日が始まらない。 仕方ないのでローソンへ行ってくる。さすがに休日の早朝は人が少ないが、レジの女の子がかわいかったので投稿写真は立ち読みできなかった。 レジに並ぶ。 あろうことかもう一つのレジにブス女がどすどすと走ってやってきた。ブスが全身にみなぎっている。高木ブーの女番だ。 「お客さまーこちらのレジへどうぞー」 高木ブーは上目使いににっこりと笑ってきた。 うわー怖い。怖すぎる。この行為はまさに脅迫に等しい。 しかし声はかわいい。それは認める。だいたいどうしてブスな女にかわいい声が多いのか。そのギャップがおまえらの醜さをパワーアップしてるんだよ!だいたいブスが喋ることを世間が許しているのがおかしい。 あん?ちょっと待て。まさかおまえ……。茶髪、色黒、眉細……まさかまさかそのまさか?アムラーじゃあねーんだろーな! 神様、お許し下さい。 「お客さまー、どうぞー」 黙れ、ブー!てめえのために懺悔してやってる最中なんだよ! 「お客サマー?」 やめろ!俺は高木ブーと鼻血ブーが大っ嫌いなんだ! いやまてよ、そーかそーか。しかし俺様に惚れるなよ。 俺は嫌われるために、両指で思いっきり鼻をほじくるという作戦に出た。 両方の鼻の穴をほじくるという芸当はもう片方が邪魔してなかなか困難なものだったが、それでも効果はあったようだ。 高木ブーは諦めたらしく、それでもお名残惜しそうにレジを離れた。 あーよかった。 そしてローソンレジ周辺は、俺の天才的かつ男気あふれる反撃のお陰で平穏な空気を取り戻していた。 やがて俺の番が来た。 近くで見るレジの姉ちゃんは俺様のランクで言うなら中の下クラスだが、一応準備していた言葉を独り言のように呟いてみる。 「やっぱり朝は牛乳だな」 「は?」 「いや、いいんだ、女には解らない……」 「え?」 姉ちゃんは俺の顔をほれぼれと見つめていたようだが俺は視線を合わせなかった。 「釣りはいらねえよ」 とも言わなかった。何もそこまで決めることはない。それじゃああまりにもカッコ良すぎるではないか!んまあ、姉ちゃんだけなら考えなくもないが、裏から高木ブーが飛び出してきて背後から抱きつかれたら俺はもうその場で失神してしまう。 俺は店を出た。そうゆうわけで 「あばよ」 とも言わずにおいた。 姉ちゃんと身のほど知らずの高木が、俺の後ろ姿を見てきゃーきゃー言っているのがわかる。 まあいい。許してやろう。しかし俺は振り向かない。 いや待てよ。ちょっとサービスしてやろうか。そうだ、俺はサービス精神旺盛のO型の男なのだ。 1リットルの牛乳パックを歯でこじ開けて、腰に手を当てぐびぐびと飲んでやった。 よーく見ておけ。これが男の中の男なのだ。 口の廻りを牛乳だらけにすることも忘れない。こうゆう演出に女はいちころなのだ。 なにげな〜く彼女達を一瞥した。 「きゃー!」 ほ〜らね。また歓声が上がった。 そんなに嬉しいのか。 実にいい朝だ。 |