ちょっとこれが男だ3

花沖 龍太郎




 断っておくが慈善福祉は俺の天職である。奉仕のココロ、それがモットー。
 そのことに今気づいた。
 男は中身だ。確かに中身だが、俺が怠けたカッコをしていると、その辺の女どもが許さないのだ、きっと。というわけで半年前に購入したマックで慈善団体のロゴ入りTシャツを作ることに決めた。
 わかっているとは思うがマックと言ってもマクドナルドのことではない。マック鈴木のコトでもない。マックスの事でもない。しかしマックスはそうとうサバよんでるよな。ジャンボマックスって何だったっけ……しかし俺はいったい誰と会話しているのか。まあ、いい。
 さてと、トレードマークは何がいいだろうか。
 ………………。
 そうだ!男はトレードマークなんて軟弱なものを入れてはいかんのだ。文字だけで行こう、文字だけで。
 『俺はロンリーボランティアー』
 おーっといかんいかん、最近は外来語に嫌気がさしていたのだ。そうだった。それじゃあ、えーと日本名、『一匹狼慈善人』なんてどうだ。ックーッカッコイイー涙が出そうだ。よしこれだ!
 しかし、マックでTシャツを作るとなると面倒だな。アイロンも出さなければならんし……ん?アイロン!?そんな女々しいものを『一匹狼慈善人』が使ってなるものか。
 よしっ!マジックで書こう。

 準備は完了した。
 まあ俺は初心者だから、最初から飛ばしちゃいかんな。謙虚に空き缶拾いから始めよう。
 大きなビニール袋持参で家を出た。勿論半透明。燃やしても大丈夫。ポリエチレン成だ。
 おっ!お隣の山之内さんはもう8時半だというのに新聞を取ってないな。とり忘れたんだろう……よ〜し。
 ピンポ〜ン!ピンポ〜ン!ピポピポピンポ〜ン!
 ドンドンドン!
「山之内さ〜ん!山之内さ〜ん!隣の慈善人です!おはようございまーすっ山之内さあーん!」
 ドンドンドン!
 返答なしか……。
 まさかっ!
 倒れてるんじゃあないだろうな。ボランティアーはいつも最悪の場合を想定して行動しなければならない。
 そうだ、あいつは俺と違って凄く暗そうな、女もいないような童貞男だ。そーだ、俺のような素晴らしい男が隣にいるばっかりに自己嫌悪におちいって……ありえるっ!自殺……。
「山之内さ〜ん!山之内さ〜ん!山之内っ!いいですね、窓たたき割ってやむ追えず強行突入しますよお!スリーツーワン……」 「ちょっと何ですか〜」
ゆっくりとドアが開いた。
「あ、山之内さん!大丈夫ですか、早まってはいけません。わたしのような特別な人間と比べることがそもそも間違ってますよ、大丈夫、気を落ち着けて……あれ?」
「ちょっとお、なんなんですか、朝っぱらから」
「あ、いえ、だったらいいんですよ、安心しました」
俺は山之内さんのパジャマの胸に新聞を差し出した。
「は?え、え、なに?」
「いえいえ、礼にはおよびません。それでは失礼します。いえ、本当にお礼はけっこうですから、そんなつもりじゃありません。ええまあ気がおさまらないとおっしゃるならビール券なんかでけっこうですよ、そこのコンビニに売ってますから……」
 命の恩人になんとかお礼を、と試みる山之内さんを押しきって俺は無理やりドアを閉めた。
 はあーどうやら俺の一言で自殺はとどまったようだ……。今日は朝から人ひとりの命を救った。そーだ山之内、命は尊い、そまつにしてはいかん。
 しょっぱなからいいコト度数 パーセントのいいことをしてしまった。
 ま、俺らしいか。

   あれ?小猫。いやあ、ひどいことをするもんだなあ。動物愛護の団体がだまっちゃおらんぞ。首輪つけたまま捨てるとは……。
いやあ、ほっとけないなあ。これは買い主になってくれる人を探さなければ。
 「おし、こいっ!小猫、おいこっちへ来いよ」
 なんだ、こいつ。俺が親身になってやってんのに。ひでえヤツだな、食っちゃうぞ。
 「いてっ!ひっかくことねえだろ。てめえ」
 あ、人の悪そうなババアだ。まあいいか、ちょっと聞いてみよう。
「すいません、この猫飼っていただけませんかタダでいいですよ、タダで」
「は?」
「かわいいでしょう、こいつなんですよ」
「え、どこですか?」
「ほら、コレ」
「ちょちょっとあなた、蹴りあげることないでしょ、ひどいひとね。あ、その猫!そのコ高山さんとこのミルルちゃんだわ!人んちの猫をなにやってんのよ、あんた」
「え、あ、そーでしたか」
「あっー!あんた高木荘んとこのヘンタイじゃないの、また変なことやってんのね?もーどーして保健所はあんたみたいなのほっとくのかしら。会長さんにもあれほど言っておいたのに」
「い、いや、ボクは慈善事業をですね、あ、このシャツ見て下さいよ。たった今も尊い命を救ったばかりなんでして……」
「じょーだんじゃないわよ、あーちょっと待ちなさい!待ちなさいっあんたっ!」
 ひどいババアだ。
 俺は一目散に逃げた。異常者にかまっていられない。何しろ俺は慈善事業中なんだ。あーびっくりした。
 そんなことよりちょっと腹が減ったなあ。腹が減っては戦ができぬ。牛ドンでも食いに行くか。

「こんにちは」
「お、いらっしゃい。いつものね」
「え、ま、そうなんですがちょっとコレ見て下さい」
「ん?なんだ?いっぴきおおかみ……じ、きにん?」
「え!?やだなあおじさん、ジキニンじゃあ風邪薬じゃないですかーはっはっは!漢字も読めないんですか。まあ牛どんやには教養は必要ありませんけどネ、これジゼンニンって読むんですよ」
「若造、ジゼンのゼンは善って書くんだぞ。ゼンが喜になってるじゃねえか」
「え!あ、そ、そうですよ、ジョーダンですよ。いつものジョーダン!シャレシャレっ!決まってるじゃないですかあ、おじさんも人が悪いなあーぼくジキニンの営業やってるんですよー」
「ふーん、そんでいつものでいいの?」
「ええ……まあ、そういうことで」
 くそう、慈善事業をしていると言えば特上を並の値段で食えるかと思ったんだが……まあ、仕方ない。

 牛ドンをほおばる俺の後ろをなにやら黒い影がスッーと通過していった。
「うわああースリだーどろぼー!だれか捕まえてくれー!」
 ナニ?うわあっんぐ!
 その時、叫びながらヨボヨボのじじいが俺の背中にぶつかってきた。
 「おいってめえっあやまれ!」
 「あ、ちょっと今ちょっとそれどころじゃないんだよ、どろぼうがどろぼうが……」
 それどころじゃないだと?このじじい。
 俺は片手でじじいの胸ぐらをつかみ、威嚇してみせた。第三者からみればさぞかしカッコイイ光景だろう。
「ちょっとお客さん!離してやれよ!わざとじゃねえんだから。それよりおまえさん、若いんだからどろぼう追っかけたってバチは当たらないぜ。若い衆はみんな追いかけていったじゃねえか、まったく体格だけはいっちょまえでも奉仕の精神ってものがない」
「じょー冗談でしょうおじさん!俺は奉仕のカタマリですよ、でもこのじいさん、せっかく口の中で味わってた肉を、いまからこう、唾液が出てきてちょうどいい具合になる肉を、このじじいのせいで飲み込んでしまったんですよっ!油と身の部分が分離していく様を見届けることもできなかったんですよっあの肉はもう胃の中で胃液にもまれてあえいでいるんですっ!どうしてくれるんですかっ!ボクの肉を、ボクの……」
 おじさんは納得したようすで俺の腕をがっしりとつかんだ。
 わかった。もうなにも言うな。そう言うところだろう。
 わかった、もうなにも言わん。俺も目で合図した。
 ジジイから手を離した。普通の男なら血を見るところだが、俺はふところの大きい人間だ、許してやることにした。
 そのかわり食い掛けのジジイの牛ドンに手を伸ばした。

   若い男三人がヒゲづらの中年を羽交い締めにしながらもどってきた。
 じじいはついさっきの自分の犯した罪も忘れてノーテンキに涙なんぞを流して喜んでる。
 全くどういうことだ。
 そして一匹狼慈善人は「いいからいいから」と言いつつ伝票をジイイに押し付けて牛ドン屋を快くあとにしたのであった。



つづき
Illustration nakki





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